この世で最も偉大な愛は、自分自身を愛する愛である-
「自分を愛する」ことを日本で高らかに言えるようになってからあまり時間が経っていないのではないか。日本ではどちらかといえば「無私」が美徳であり、「自分を愛する」ことは自己中心性やナルシシズムと同一視される風潮の方が強かったように思う。
しかしアメリカの黒人たちの歴史は、奴隷として尊厳(Dignity)を奪われた状態で始まって以来、その厳を取り返すのための戦いだった。
「自分は奴隷になるために生まれたのではない、劣った民族でもない、自分にも当然の権利があり、世界や社会が自分のことをなんと言おうが自分は自分自身を大切な存在だと思って良いのだ」、それがかつて奴隷とされ、被差別民族とされた彼らの歴史的なテーマだった。
この曲は、史上最強と言われたボクシングヘビー級チャンピオン、モハメド・アリを描いた1977年の映画「The Greatest」のテーマ曲。 映画から20年近くが過ぎた1985年にホイットニー・ヒューストンによってカバーされて再ヒットした。
モハメド・アリは、黒人であり、イスラム教徒であり、失読症という知能障害を持っていた。これですでに差別の対象となる理由3つ。加えて「政治思想」があった。
ベトナム戦争への徴兵がかかった際、「私はベトコン(戦争相手)に恨みがないし、ベトコンは私を黒んぼと呼んだり(そう呼んで差別したり)しない」と言って拒否し、4年間ボクシング界から追放もされた。彼がその発言をした時、まだアメリカ国民は戦争支持が大勢だったのだ。アリがボクシング界に戻れたのは、やっとアメリカ社会全体が反戦に傾いたときだ。
これら数々のカテゴリーによる差別を一身に受けながらもアメリカンドリームのトップヒーローにのぼり詰めた彼は、「アメリカ一の嫌われ者」とも呼ばれた。
「モハメド・アリ」は、彼が親からもらった名前ではなく、改宗することで得たムスリムネームだ。自分の名前を自分で決め、徴兵という法律や国にも逆らい、「私こそ最も偉大だ」と公然と叫んだアリの人生のテーマを、この曲の作詞家は以下のように「翻訳」した。
「子供達に、自分を誇り自分を愛することを教えよう。この世で最も偉大な愛は、自分で自分自身を愛する愛だから。」
ちなみにこの作詞家は Stylistics の「You Are Everything」でも知られるリンダ・クリード、38歳で早逝した悲運のシンガーソングライターだ。Greatest Love Of All は、彼女が最初の乳ガンとの闘病中に書いた歌詞だという(※リンダは黒人ではない)。
愛とは、誰かが誰かを愛することでしか始まらない。だから確かに、誰からも愛されなかったという人間が他人を愛するのは難しい。「人を愛せというなら、お前が先に俺を愛せ。」そう叫びたい苦境の子どもたちが世界にどれほどいるだろう。
でも、世界で誰一人自分を愛してくれなかったとしても、愛を始めるのは不可能ではない。それは、少なくとも自分を見ている自分がそこにはいるからで、傷ついた自分自身を愛してやることで最初の愛を始めることが可能だからだ。
なぜ自分を愛する愛が最も偉大な愛なのか。それは、神の愛こそが最も偉大だ、という理由と同じだ。「誰からも愛されない者も愛することが出来る愛」であり、「原始の愛」だからだ。
https://youtu.be/k-EO0pM8ydk
モハメド・アリの伝記映画「The Greatest (1977)」テーマ曲。
1986年にホイットニー・ヒューストンによるカバーで再ヒット。