命のコーラスへの二つの入り口 / Pretender アレンジノート

音程 : ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ◾︎ 3.5

リズム: ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ◾︎ 3.5

歌詞 : ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎  3

技術 : ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ 4


 

First Love 同様、個人的な失恋ソングなので、合唱のパワーを歌詞を中心に集めることが難しい。

 

アフリカの飢餓救済をテーマにした We Are The World や労働者階級が権力に挑む Power To The People、漁師たちの生活あるあるを歌ったソーラン節など、「我々の言いたいことや生活」をテーマにしてこそ、歌詞は初めて合唱のパワーのフォーカスとなる。

それとは正反対とも言えるこの曲で、では面白さをどこに置くか、と言うことになるが、この曲は、「アレンジそのものを魅力の中心にする」以外にあまり選択肢がない。

 

しかし、アレンジというものは実の所、歌い手を活かすアレンジでなければ、アレンジそのものが魅力的などという評価にはつながらないものだ。

 

その点において、合唱バトルには難問がある。アレンジを開始する段階ではまだ誰が歌うか、どんなボーカルの持ち主か、正確にはわからないことだ。

 

実の所、Pretender は4声で書き始めた。関東ローカルだった1回目では芸人合唱団、演歌合唱団、両チームとも男性が過半数だったためだ。どちらの男性陣もよく声が出るため、男性を1パートとした3声でのパワーコーラス型合唱ではバランスが悪くなる(3声にする場合、SHAKEのサビように男声にメロディーを取らせる形が有効になる)。

 

しかし、8割がたアレンジができたところで最終的に20人中男性が4名となるという情報が入り、ここで急いで3声に修正することになった。

 

ともと歌詞の内容はどちらかといえば静かな悩みの吐露で、心が浮き立つような騒がしいものではなく、そこに「合唱の動機」は生じにくい(First Love アレンジノート参照)。そこでまず、印象的なイントロのギターのリフ(Riff・・SHAKEアレンジノート参照)を楽しめる状態を作ることを考える。

今回のアレンジでは、リフのフレーズそのものを歌うのではなく、3声のコンビネーションで原曲のリフが「現れる」作りとなっている。こうして、歌詞に頼らず、音の楽しさで合唱の動機を作り出してゆく。

このフレーズを楽しめればAメロにウキウキと突入することができるだろう。

 

原曲はそもそも、アレンジする前から難しい。特に8分音符でできたメロディーが主流だった時代にヒット曲を放ってきた「80年代アイドル合唱団」のメンバーたちにとって、16分音符のシンコペーションが並ぶ2020年付近のヒットナンバーはただ正確に歌うだけでも難問となる可能性がある。僕の年齢もそこから遠く離れていないのでその感覚はよくわかる。

 

レンジに遊びを加えることで心を一つにしてゆくプロセスを大切にしたこの曲で次に着目したのはBメロの「もっと」の単語の並びだ。この構造をアレンジに利用することでサビへ向けて再び心がゲインできるだろう。

 

そこで高揚を作りながら、サビの頭で一度ボリュームをおとす。後半で再びゲイン。最初から歌い手としてお互いをリスペクトし合っている80年代アイドルチームでは、ソロの挿入は心を統一する有効な手段だ。ソロを聴くことで気持ちが盛り上がってくるのだ。この点、お互いをよく知らなかったりライバル視しているようなグループではちょっと勝手が違ってくる可能性がある。

 

ユダヤのある古い宗教グループでは、大切な儀式で歌う前に1週間寝食を共にすると聞いたことがある。それによって体のサイクルが合ってきて、歌の息が整うのだという(残念ながら出典を失念してしまった)。

 

音楽的な揺さぶりを共有してゆくこともおそらく近い効果がある。

 

◆ ◆ ◆

 

唱は原始より、人の命とコミュニティのつながりを支える不可欠な生命活動だった。今もその力は失われておらず、僕らはその力にいつでもアクセスできる。

 

世界の各文化に存在するそのような力を宿した原始の合唱を、僕は「命のコーラス」と呼んでいる。今、「パワーコーラス」と僕らが呼んでいる音楽の先祖であり、本質だ。合唱が命のコーラスに到達するには、左右の対極に二つの入り口がある。

 

一つは、(アメリカの)ゴスペルミュージックの世界で当たり前であるように、「歌詞のメッセージにまず歌い手の心が集まっており、そこから始めれば当然やがて音が合ってくる」というプロセス。「心→音」のプロセスだ。そしてもう一つは、逆に「同じ音を同じリズムで歌ってゆくことで、当然心の動きが合ってくる」というプロセス。「音→心」というわけだ。2つの対極的なプロセスがあることで、世界中の全ての人がそこに辿り着くことができるようになっているのだ。

 

これは一概にどちらか一つが働くということでもなく、揺らぐように二つのプロセスの間を行き来して音ができてくるのだが、「負けないで」では前者がやや強く働き、「Pretender」では後者が強く働いたと言えるだろう。

 

「この合唱の機会があったから80年代の戦友が親友になれた気がします!」

 

これは、収録後にいただいた、タレント/俳優の野々村真さんからのメッセージだ。あの名だたる80年代アイドルたちが、この合唱を通じてその想いを共有したなら、僕にとってあまりにも名誉なことだ。

 

歌唱にあたっては、Bメロの「もっと」の連続の音程を大切に作ってもらいたい。
イントロと、サビの前半などの「ウー」では旧来合唱の「頭声」にトライしてもらい、それ以外のセクションでは存分に地声をぶつけて欲しい。

 

 

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