音程 : ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ 3
リズム: ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ◾︎ 3.5
歌詞 : ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ◾︎ 3.5
技術 : ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ 4
アスリート合唱団の強さと魅力はなんと言っても、実際に生きてきた人生が歌に反映されることだ。審査員の武田真治さんの言葉を借りれば「体現者が歌う歌」だ。楽曲はリオオリンピックのテーマ曲。合唱編曲は、いかに歌い手たちの人生と音楽を接続するかという作業になる。
プロのボーカリストは卓越した表現力で曲の中のキャラクターを上手く「演じる」ことができる。天才と言われる17歳の歌姫が、体験したこともないアラサー女子の悲哀をいかにも上手に歌うこともある。
しかし、我らが「生活音楽」の合唱はそれではない。「思っていることを歌っている」時、素人さえミリオンシンガーとさえ拮抗する音楽の魅力を作り出すことがある。これは、僕が黒人教会での生活や歴史から学んだ真実だ。
ただ、そのために重要な条件がいくつかある。まず、「難しくしないこと」だ。残念ながら、音楽は複雑になる程思いをのせにくくなる。「考えること」が多くなれば「感じること」を制限する。
もちろん音楽家として優れてゆくほど複雑な音形にも感情を載せられるようになるが、それは「芸術音楽」へ向かう道だし、音楽が複雑であることは感動の必須要素ではない。
今回のHEROの編曲では、前半はごくシンプルな作りになっており、テンポチェンジの前の決め台詞(「君だけのためのヒーロー」)などは2声になっている。
僕が普段2声をあまり使わないのは、2声にはユニゾンのパワーもなく3声の豊かさもなく、武器として中途半端だからだ。3人以上いるのに2声をやることの絶対的な利点はほぼ一点のみ、「ハモりやすいこと」だ。皆さんの周りにもカラオケでやたらハモリにはいってく「ハモリ魔」が一人や二人いると思うが、そうして出来上がる楽しいハーモニーはたいがい2声だろう。
テンポチェンジ以降、ハモりとして簡単なフレーズをアンサンブルとして魅力的なものに聴かせるために、4声中2声のハモリを1群として、それが2群交互に登場する形を散りばめてゆく。屈強な男女が歌うその様は絵になるはずだ。
途中のソロにJリーグ得点王の大久保嘉人さんを起用したのは、完全に歌詞と人間とのマッチングだ。鬼連チャンなどの番組で引退後も凄まじいフィジカルで走る姿を見せ続ける大久保さん以外に「どこまでもすべて君のために走る」の歌詞に適任はいない。
歌唱能力の問題ではない。そもそもいくら歌ウマアスリートと言っても、最強ボーカリストや演歌やアイドルなど他のチームの顔ぶれの中で単純な歌唱能力で勝負するのでは勝ちの目はないのだ。漁師が唄うソーラン節のように、「その人がその言葉を歌う」ことの価値こそ、アスリート合唱団が世界に見せてゆくものとなる。
そこにハモリを載せるのは、仲良しトリオの後の二人、豊ノ島さんと吉田沙保里さんだ。最初の合唱バトル出演以来仲良くなりすぎ、沙保里さんのインスタなどは3人の楽しげな日々で満たされている。「この3人ならリハ以外にもどこかで会って一生懸命練習してくださるだろう」という読みがある。練習期間が限られている中ではこういう戦略も大切だ。なお、芸人合唱団の歌ウマ三姉妹にShakeのスキャットを受け持ってもらったのも同じ理由だ。
全く、二回目で歌い手の顔が見えるというのはアレンジにおいて本当にありがたい。
あらゆる音楽文化には芸術音楽型と生活音楽型の指向性がある、というのが僕の持論だ。「来年はうちの神社の神輿の掛け声も、わっしょいわっしょいじゃなくてもうちょっと発展させよう」などということはおこらない。人が声を束ねて心を一つにするためだったら、そこに必要な言葉や音は多くないのだ。
高みを目指して天才が作曲し至高の技術を持った演奏家たちによって演奏される芸術音楽への指向性は合唱バトルにはあまり向かない。さらにいえば、芸術指向一辺倒は普通科の学校教育にも向かない。
生活音楽型の合唱のモデルは、労働歌などの民謡や、かごめかごめや花一匁のようなわらべ唄、世界各地の祭りの音楽だ。
芸術音楽では人生を音楽に注ぎ込める音楽家たちによって感動が造られるが、生活音楽では音楽に人生を注ぎ込む普通の人々によって感動が感動が生み出される。
それぞれの人生を背負った人間たちが一つの声を出すことの魅力、それこそアスリート合唱団の勝利力となり、そのようなチームのためにその人生と音楽をどのように接続しやすくするかを考えるのが編曲の仕事となる。
ちなみにアメリカのゴスペルミュージックは「毎週集まってみんなが一緒に歌う」という生活音楽であることを前提としながら、ポピュラー音楽の一ジャンルとしてサウンドの発展も続けている。生活志向と芸術志向のバランスが取れた音楽だと言えるだろう。
@gassho_battle ヒーロー✨#オールスター合唱バトル ♬ オリジナル楽曲 – オールスター合唱バトル
編曲およびノート: 木島タロー
Dreamers Union Choir (DUC)主宰
フジテレビ「オールスター合唱バトル」監修(総編曲/指導)
国立音楽大学合唱講師
東京経済大学ゲスト講師
アメリカ海軍契約ゴスペルディレクター
一般社団法人パワーコーラス協会代表理事
片手で持てる防音室「Voicease」開発
著書
6色発声トレーニング
歌って生き抜け命のコーラス