難易度:
音程 : ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ 3
リズム: ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ◾︎ 3.5
歌詞 : ⬛︎ ⬛︎ 2
技術 : ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ◾︎ 3.5
Habitと正反対に、今回の10曲の中では明らかに最も合唱にしやすい一曲だ。歌詞としても心を一つにしやすいだろう。おそらく探せばすでに合唱アレンジがたくさん存在しているだろうし、僕のゼミの学生でもこれを卒業研究の編曲の課題にした者がいた。
ところが、それが問題だ。そもそもサビにシンプルなハモリをつけるだけで感動的なものに仕上がってしまう可能性が高い。つまり、「アレンジがありきたりにならないこと」が最も難しい一曲だと言うことでもある。
まるで、「面白い味噌汁を作ってくれ。ただし具材は豆腐とワカメだ」と言われているような感じだ。その素材ではありきたりな味噌汁以外にどうにもしようがないし、多分それで十分美味しい。ある意味では、Habitのように素材そのものが意外な方がまだやり方がわかる。
しかしこの番組では、そういうわけにはいかない。
この番組は楽曲アレンジそのものが完成品ではなく、一つの合唱を作り出すために歌い手たちが通るプロセスと成長と、共闘へ向かう歌い手たちの心の動きを映しだすことが作品になる。
かっこいい言い方をすると、「課題を超えてその美を一緒に作ることで歌い手たちの心を一つにするようなアレンジ」が必要だと言うことだ。
まして、「80年代アイドル合唱団」の課題曲となったこの一曲は、サビをきれいにハモればそこそこに出来上がるとしても、それではあの錚々たるメンバーたちが「集まる理由」にはならない。
とはいえ、この曲もアレンジ開始時点では誰が歌うのかよくわからないで開始した。僕が本当に歌い手たちに出会ってその声を知るのはほぼアレンジが完成した後なのだ。
アレンジを面白くするにはただ音を複雑にすればいいように思われるかもしれないが、合唱の未経験者が演奏を1ヶ月で仕上げる(練習回数も限られる)という制限の中で難易度をどの程度に設定していいのかの判断は難しい。まさにゲームバランスを測る作業だ。
選んだ手法は、原曲のメロディーを中心に、その周りに対旋律を描いてゆく「定旋律+ポリフォニー」型だ。
ルネッサンス期以前、キリスト教の教会音楽とは教会の定めたメロディー(定旋律)を歌うことであって、教会音楽の作曲家の仕事は定旋律の周りに別のメロディーを「まとわせていく」ことだった。そうやって単旋律だった音楽に和声を与えていたスタイルを後世にポリフォニーと定義するようになった。
負けないでの原曲のAメロのメロディーは作曲技法として古風で、そう言う意味でしっかりしている。また当然、よく知られている。その二つの条件を備えると、定旋律ポリフォニーには応用しやすい。
単純なハモリ(パラレルハーモニー)ではなく、メロディーの複合(ポリフォニック)にすることには、複雑に聞こえること以外にもメリットがある。実の所、「ハモリが苦手な人にもハモリやすい」ことがあるのだ。
日常よく聴く、一つのメロディーに3度上下をつけるようなパラレルハーモニーでは、苦手な人の場合「ハモろうとしても主旋律になってしまう」と言う現象がよく起きる。しかし「それぞれのパートが別々のメロディーを覚える」形では、メロディーさえ覚えれば混乱を起こさずにハモリを楽しむことができる。
好例は、「ドレミの歌」のエンディングの「ドーミッミー、ミーソッソー、レーファッファー、ラーシッシー」と組み合わせて「ソーードーーラーーファーーミーードーーレーー」を歌う形だ。小さな子供達でも混乱することなくこの合唱を作れるのは、ポリフォニーだからに他ならない。
一方でポリフォニーとの対比のため、また歌い手の負担の軽減のため、前奏やサビはごくシンプルな和声に抑えてある。
負けないでのアレンジが歌いやすいものになったと主張はできないが、ポリフォニーは複雑な構造を合唱未経験者が作り出す方法の一つではある。
重要なのは、この形のハモリを歌うには「生来の音感(そんなものがあればだが)」よりも「メロディーを覚える努力」の方が必要であるということだ。
音感が良いかどうかではなく、どれだけ練習してきたかをバロメーターにお互いに刺激し合って完成品に辿り着く形を作りやすいということになる。そういう意味で、未経験者が1ヶ月で挑戦する合唱バトルにふさわしい一つの形でもある。
歌唱にあたっては、シンプルな前奏、間奏、サビ部分は子音の立ち上がりを重視して普段の声で力強く、一方のAメロ、Bメロは頭声で作ってメリハリを出すことが演奏成功の鍵になると思われる。